アーセナル、調和による勝利と白い袖

アーセナル

1886年5月1日に、ロンドン東部の王立兵器工場で働くスコットランド人労働者たちが設立しました。「調和により勝利(Victoria Concordia Crescit)」をモットーとするクラブは、何度も名前とユニフォームを変えてきました。

アーセナルの最初の名前は、ダイヤル・スクエアFCだった(工場の入り口にあった日時計、sundialにちなむ)。

その後、ロイヤル・アーセナル・アンド・ウールウィッチ・アーセナルに改称しました。また降格し、破産寸前の状態に陥って、クラブは1910年に買収され、1913年にロンドン東部のハイバリーにあるアーセナル・スタジアムに移転します。そこで再びアーセナルFCという名前に改称しました。

1904年、ロンドンのクラブとして初めてイングランド1部リーグに昇格を果たしましたが、幹部たちは手本とすべきユニフォームをロンドン地域で見つけることができなかったのです。

それで、ノッティンガムのノッティンガム・フォレストに頼んで、深紅はかなり明るい赤になり、1933年、リヴァプールとのホームゲームで白い袖が採用されました。この変更で、全身赤のリヴァプールと見分けがつきやすくなり、それ以来、白い袖がトレードマークになって、今ではよく知られています。

例外は、全身赤にした1965年から1967年にかけての2シーズンと、ハイバリーでの最後のシーズンを記念してオリジナルの深紅に戻した2005/06シーズンだけです。白い袖をつけたのは賢い選択だったようです。というのも、20世紀を通じて、アーセナルはリーグの平均順位が8.5位というイングランド最高の成績のチームであり、全身赤のリヴァプールをわずかに上回っているからです。

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